インターネット時代の学校の在り方とは~代田昭久 武内小学校校長に訊く
モデレーターの馮です。こんにちは。
2015年も早いもので折り返し、気がついてみたらもうあと4ヵ月ほどとなりました。今年のWebSig24/7は、モデレーターの面々が気になる人に話を聞いたり、気になる場所に行ったときに感じたことをアウトプットするスタイルで進めています。
今回はその第5弾。
大学卒業後リクルート社に勤務し、その後、トップアスリート社を設立、『13歳のハローワーク』Webサイト立ち上げなどを経て、教育の世界に飛び込んだ、武雄市立武内小学校校長兼武雄市教育監の代田昭久さんにお会いして、地方の小学校という観点を通じて、「ICT活用による新しいタイプの授業づくり」というタイトルでお話いただき、21世紀、今の「インターネット時代の学校の在り方」について考察してみました。
学校への興味
まず、なぜそもそも学校なのか。WebSig24/7では2010年~2013年にかけて「WebSig1日学校」という、大人のための学校を企画・開催してきました。この企画は「未来のあなたとWebを変える1日」というテーマのもと、「学校」というシチュエーションを活かしたユニークな授業を用意し、インターネット/Webの未来、参加される皆さんの未来に活かせるモノの見方・考え方の発見を提供、共有することを目的に取り組んでまいりました。
こうした背景がある中で、モデレーター各人の観点で人材育成や教育への興味が強くなっていたこともあり、今回のインタビューに至りました。
また、私馮個人としては、通常の業務で電子出版・電子書籍に関わっていることからも、実際の教育現場で、ICTや電子教科書がどうなっているのか、その点についてもぜひ伺いたいと思っていました。
インタビュー当日は、代田先生にご用意いただいた「ICT活用による新しいタイプの授業づくり」という資料とともに、教育現場の最前線にいる人でしか話せないことについていろいろ聞くことができました。
教育業界におけるICTの現状
まずは、教育業界におけるICTの現状です。すでに新聞やテレビによる報道、とくに代田先生が在籍している佐賀県武雄市については多くのメディアが取り上げているため、ニュース記事としての情報は耳にすることがありました。
実際のところについて聞いてみたところ、「メディアで取り上げられることが多いので、多くの視察者が武雄に訪れ、知名度は上がっていますね」とのこと。ただ、実際の現場の状況については伝わりきれていないようで、「日本の教育のICTへの取り組みは、世界に比べるとまだまだ遅れています。全体としての環境整備などはこれからです」と、注目は集まる一方で、ICTへの取り組みはまだまだであるという感想を伺いました。
ところで、企業出身の立場でなぜ教育業界へ足を踏み入れたのでしょうか? これに関しては代田先生がトップアスリートを設立したのちに手がけた「13歳のハローワーク」のサイトがきっかけとのこと。これをきっかけに(最初に校長に就任した)和田中学へ足を運ぶようになり、東京都で義務教育初の民間人校長となった藤原和博校長と出会い、次期校長として声をかけられたそうです。
そして、2008年に代田先生が和田中学校の校長に就任し、2010年5月に日本でiPadが発売されたときに、その10月にはiPad40台を導入し、その効果を実感したことがICT取り組みの第一歩となったそうです。
反転授業→スマイル学習の取り組み
その後、2013年3月に和田中学校校長を退任し、同年10月に武雄市教育監に就任、翌2014年4月に武雄市率武内小学校校長を兼任することになり今に至ります。
現在、在籍する武雄市では、全小中学生約4,500名にタブレット端末を配布しICTを利用した教育を積極的に進めているとのこと。そこでメディアで指摘されることがある授業中のトラブル(デバイス故障)について伺ってみたところ「たしかに授業中に不具合を起こすことはあります。ただ、導入して早々に、完璧な状態であることは難しいと思っていますし、(メディアが必要以上に騒ぐように)それによって、現場の先生が授業にならないということはありません。なぜなら、タブレットも学習道具の1つですから、授業中に子供の鉛筆が折れたのと同じように、先生が落ち着いて、子供に対処方法を指示すればいいのです」と、ICTの可能性と並行して、タブレットは道具の1つであるという、道具に必要以上の期待をかけない本質的な部分を意識されているのが印象的でした。
ですから単にタブレット(武雄市ではAndroid端末を利用とのこと)を導入するだけでは意味がないと考えたそうで、タブレットをどう活用すれば、これまでの紙の教科書以上の授業を実現できるかについて試行錯誤しているそうです。
・家庭から学校という流れ
その1つが"反転授業"でした。
「反転授業とはなんでしょうか?」と質問したところ、これまでの学校と授業というのは、
学校で授業→自宅で復習
というように、まず学校がスタートとなる教育体制でした。しかし、反転授業では、この流れを逆に行います。
自宅で予習→学校で授業
というスタイルです。これの大事なところは、「自ら積極的に学ぼうとする意識を持てること、そして、わからないことがあったり気になるところがあれば、自ら質問したり、教え合ったりしうることで積極的な対話につながるということ」だそうです。
実際、アメリカでは不登校生徒が多かった学校で反転授業を行ってみたところ、生徒が授業に出席するようになり、落第率も大幅に少なくなったそうです。これは、ラーニングピラミッドという、体験を通した学習や他人に教えた経験によって、平均記憶率が高くなる、という教育理論に基づいています。
ただ、日本に導入する際に課題もあったと代田先生は述べました。それは"反転"という言葉が持つイメージです。
「反転という言葉には、今までのことを否定するようなネガティブなイメージが含まれがちなので、初めて耳にする人には誤解を招きやすかったのです。そこで、市内の先生方に公募する形で、"School Movies Innovate the Live Education-classroom"という英語の説明の頭文字を取って"SMILE(スマイル)学習"と命名して、現在はそのように呼んでいます」
これはとても大事なことだと思います。つまり、どんなにすばらしい授業だったとしてもこれまでにないものであれば、まずその名称だったり説明による、文字のイメージが付いてしまうもの。その先入観で生まれうるネガティブなイメージを払拭したのがこの"スマイル学習"という名称だったというわけです。
さらに「実際にスマイル学習を導入することが決まったとき、先生の反応はどうでしたか?肯定的・否定的どんな反応でしたでしょうか?」と質問したところ、次のような答えが返ってきました。
「新しい取り組みですので、最初は不安もあったと思います。ただ、子どもたちの様子が、良いほうに変化をすれば、教師は、前向きに変化をしていくものです。教師とは、そういう資質をもった人たちの集まりです。タブレットを持ち帰り、ほとんどの子どもたちが予習をしてきて、授業では、「いつもの授業より楽しかった」と回答する子どもが多ければ、それは、教師冥利に尽きるというものです。さらに、先生方が前のめりになれば、子供たちもさらに積極的に取り組むプラスのスパイラル、相乗効果と言えるでしょう。
今後ますます子どもたちがきちんと学習できる体制整備が求められていく中、生徒にとって良い学習体験が提供できれば、それを実現するための先生たちの考えや行動は、こちらから押し付けずとも先生自らが自発的に行うようになると考えています」
まさに教育現場を見ているからこその感想ではないでしょうか。教育というのは大人が考えて、子どもたちが実際に取り組むもので、つまるところ主役は子どもたちです。最終的には子どもたちの反応が得られること、それが一番大事なことであり、教育の本質であると感じました。
・予習用の動画は外注で用意
また、動画を利用した予習と言葉にするのは簡単ですが、その予習用動画をどうやって作るのかが気になります。武雄市では、先生方が原案を作り、その作り込みは、外部の企業へ制作発注をしているとのこと。また、その動画には、先生の顔や姿がそのまま登場するのではなく、キャプチャ動画やゲーム的なアプリケーションを用いています。
「米国カーンアカデミーを参考に、学校側から、そもそもの目的(コンセプト)に加えて、授業内容(教えたいこと)を授業案に落とし込み、それを企業側が、パワーポイントのスライドに起こし動画を作ります。今回、外部企業と連携した理由は、学校だけで作るのには限界があるし、外部からのいろいろな知恵が集まり、発想は広がることを期待しました」と、民間も経験している代田先生だからこその判断もあったのです。
現在、このスマイル学習のさらなる発展を目指すべく、一般社団法人 スマイル学習協議会が立ち上がり、企業によるサポートの動きが活性化しつつあるそうです。
見えてきた成果と課題
「取り組みとしては上々の滑り出しだった」と代田先生はコメントした一方で、いくつかの課題が見えてきたことについても説明してくださいました。
「今の学校教育は、明治時代に学制発布されて以来、約140年間"先生が教え、生徒が覚える"というスタイルが主流でした。学校は主に"知識を習得する場"だったのです。しかし、ICTの普及により、子どもたちは、いつでも、どこでも、時間と場所を選ばずに、学習をすることができるようになりました。"知識を習得する場"が、学校だけでなくてもよくなったのです。それによって、当然、学校や教師の役割は、変化してきます。この変化に、教師の意識が、対応できるかが課題です。
学校は、子どもたちと先生が一緒にいるからこそできること、たとえば、算数のわからない子がわかる子に教えてもらったり、いろいろな解き方や考えを出し合って議論したりする、社会的な場所に変わっていきます。教師も、そういった子どもたちの学びの主体性を、うまく引き出す力が必要になってきます。
」と、従来の学校という場とは違った、ICTを含めた未来の学校・未来の教育現場への意見を力強く述べました。
ここでお話いただいた点は、本当に難しいと思いますが、代田先生がおっしゃる環境が整備されれば、今約800時間と言われている年間教育時間以上の学習時間を用意できることになり、子どもたちの知識レベルはもちろん、先生側の使える時間が増やせることにもなり、結果として学習を通じたさまざまな体験が増やせるのではと思いました。
一方で、動画を授業コンテンツにするには、コンテンツ制作はもちろんのこと、その内容の著作権の扱いなど、法整備がまだまだできていない点についても伺うことができました。
インターネットにおける著作権については、私自身も電子出版に関わっているのですごく同意で、今の日本の著作権法では、制作したコンテンツをインターネットを通じて配信するには障壁があると思っています。ICT教育が進むことがそうした障壁を低くし、インターネット時代のコンテンツ制作や著作権の考え方・使い方にもつながれば良いなというのが、個人的な感想です。
学校を"オープン"にするということ
最後に、これからの取り組みなどについて伺いました。
代田先生の教育理念として掲げているのが「子どもたちは未来に挑戦できる力を育んでいるのか?」ということだそうです。
学校や教育現場、先生はこのことを意識して、実現する教育が行えるかどうか、今後ますます求められていくと代田先生はおっしゃいました。
ですから、従来の環境を守り、進化させていくだけではなく、従来とは違う形の今の時代にあった教育現場・学校を作ることも大事だとおっしゃいます。
その1つがスマイル学習であり、そこから派生する教育機関と民間の融合と言えそうです。
「先ほども話したとおり、子どもたちが学習する時間の総量として、現在の学校が提供する年間授業時間数だけでは、私は足りないと思っています。しかし、それを埋める1つの手段がスマイル学習のような家庭学習です。その他、武雄市では、官民一体型学校として、民間学習塾の優れたカリキュラムを学校の授業に取り込んでいます。学校だけですべてを解決するのではなく、優れた技術(テクノロジー)や指導方法は積極的に取り入れ、協力できるところは協力していくことも、未来の教育には求められていくのではないでしょうか? つまり学校を"オープン"にすることですね」と締め括りました。
今回、約2時間という限られた時間の中で、とても貴重な、そして現場を体験しているからこそのコメントを聞くことができました。
WebSig24/7自体が直接教育現場に踏み込むことはないかもしれませんが、インターネットやWebに関わる立場として、次の世代への継承はもちろん、自分たちが今後どのように学んでいくか、また、セミナーなどの企画にも反映していけるのではないかと思いました。
たとえば、今回お話いただいたスマイル学習が主流になれば、動画コンテンツの存在は必須です。そうなると、これからますますクリエイターと呼ばれる職種の人たちの役割が大事になるように感じました。スマイル学習は1つの例として、体験を提供するためにできること・そのために行うことはまだまだたくさんありそうですね。
代田先生、貴重なお話ありがとうございました!
編集後記(WebSig24/7代表 和田から)
場を変えて飲みながら代田さんと議論させていただいたり、いくつか思うところを編集後記として。
教育者という仕事を不幸な仕事にしないために~時間の問題
教員の仕事は多忙です。残業はメディアに多く取り上げられているとおりですし、部活の取り組みに加え、最近は記録、管理などの業務も増え、本来の教育にかけられる時間が短くならざるを得ないという声は多くの教育現場であげられています。
教材を自宅で作ったり、自費でさまざまな取り組みをされる先生方も少なくありません。
教育現場での取り組みは、なにより本来の教育に使える時間が増えるということ、楽になるということはとても大事な視点だと思います。教育の世界では楽になることはどうも悪いことのように見えがちなところがあります。
ICTはこの視点で効果をだせることだと思います。
マクロ、ミクロレベルそれぞれにおいてやるべきこと、できることはあると思いますが、代田さんが取り組まれている、教育現場における「マネジメント発想」「マーケティング発想」「手段としてのICT」ということは国や従来の現場感だけでは実現しがたいことを実現できる可能性があると感じます。
企業や地域との協業で「お互い」得られるものを作る(Win-Win)取り組みもまだずいぶんやれそうなことがありそうです。教育現場でそんなビジネス的なこと、という障壁や反対意見はすこし考えるだけでも多くありそうですが、それでもいまはメリットが多いと思います。
教育現場であたらしいことに取り組むためのマネジメント
ICTや反転授業を理解してもらうために、地域に説明をすると、おじいちゃん、おばあちゃんが反対するときがある。その理由は、自分が受けた教育が一番良いと思っているから。これははっとさせられます。
自分の成功体験があると、異なるやり方に対して難色を示すのは誰でもそうですが、ビジネスの世界では自分の日常なので比較的リアルに想像できます。ですが、教育のような自分が大人になってから体験していないことではより注意が必要そうです。
代田さんの取り組みはここをさまざまな工夫でまずは試して見るところまで取り付け、子供の笑顔という定性的な結果と学力という定量的な結果で出すということを実践しています。このアプローチはビジネス感覚だと思いました。
人は教えたい
私の知り合いで、「教育は最大の娯楽」と話してくれた人がいます。人は自分が覚えたことを教えることに好き、というシンプルなもの。
代田さんが取り組んできた地域本部のしくみは、地域連携という視点もさることながら、人は教えることに喜びを感じる、という点をくすぐり、それは地域に認められることにも繋がりそうです。さらには、前述のした課題であった、自分が受けてきた教育が一番だと思って反対する方に対して、言い方はちょっと荒っぽいかもしれませんが、娯楽として教えてもらうことで、今を知ってもらい、考えもアップデートしてもらい、学校教育のサポートにもなる。
もっと根源的なところでは、社会、地域に貢献できているということは生きがいにすらなります。
複数の課題を一度に解決する可能性があるすごく価値があるアイデアだと思います。
貢献するということ
代田さんは自立貢献という言葉を使っています。
http://a-shirota.net/vision
「自立貢献」。
私は、「自立」には、二つの意味が含まれていると思っています。
まずは、経済的な自立をすること。つまり、仕事を通じて自分でお金を稼ぐことができること。そして、もう一つは、精神的な自立をすること。他人に依存せずに行動できる強さを持つことです。
この「自立」することを目標にすれば、学校での教育のあり方は、少し視点が変わってくるのではないでしょうか?
<中略>
私は、自立するためにこそ、「貢献する」力が必要だと思っています。
<中略>
「マネジメントの父」とも呼ばれ、20世紀を代表する社会思想家である、ピーター・ドラッカーは、「企業の目的は一つしかない。それは顧客を創造すること"create a customer"だ」と言いました。つまり、企業が幸福になるためには、自分の利益を追求することではなく、社会的存在として、他者と信頼の絆を結んでいくことが大切になる、と説いたのです。これを個人に置き換えれば、自分の人生を豊かに生きるためには、身近な人から信頼され、他の誰かの役に立つこと、好きな人を幸せにできることです。
自立はイメージがつきやすいですが、貢献は教育現場ではちょっと違和感がある言葉のようにも思えます。ドラッカーの言葉にもよく貢献は出てきますが、企業では貢献が求められることです。
そして、前述のとおり貢献は人のよろこびでもあります。貢献をこれからの社会での前提となる自立とセットで教育現場で経験していくことは非常に意義深いと思います。
WebSigのような団体や個人としても貢献できることを楽しく実践していきたいです。